構成文化財 笏谷石関連古文書群
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- 説明
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石材を扱っていた廻船問屋に伝わる、北前船で流通した笏谷石に関する古文書群です(廻船問屋、石屋文右衛門家、布目屋三左衛門家)。江戸期から昭和戦前期までの文書などが残り、笏谷石の流通がわかります。
都道府県
- 福井県
市町村
- 坂井市
類型
- 寄港地
種別
- 構成文化財
- 文書
- 石造物(灯籠、玉垣など)
指定
未指定
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石材を扱っていた廻船問屋に伝わる、北前船で流通した笏谷石に関する古文書群です(廻船問屋、石屋文右衛門家、布目屋三左衛門家)。江戸期から昭和戦前期までの文書などが残り、笏谷石の流通がわかります。
都道府県
市町村
類型
種別
指定
未指定
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北前船交易により繁栄した三国湊の有力な北前船船主でもあった町衆が、山車人形や舟神輿などを奉納した祭りです。天保15(1844)年の「氏神御祭礼覚」によれば、人形芝居の人形を敦賀から積んできた丹後の船員と芝居人が一緒に屋台を仮仕立て、そこに人形を飾り、その翌年から大きな人形を持ち出し、現在のように町内ごとに山車人形を出すようになったとされます。
都道府県
市町村
類型
種別
年代
指定
福井県指定県無形民俗文化財
一部、坂井市指定有形文化財(工芸品)
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北前船の船乗りたちによって、南部方面(岩手県)から運ばれてきた歌です。曲名の「なんぼや」は「南部」が元と推測されています。歌詞には、蝦夷松前からの廻船を待つ妻の心や、出漁の帰帆を待つ乙女の情などが謳われています。
都道府県
市町村
類型
種別
指定
福井県指定無形民俗文化財
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北前船の船頭や水夫による祝い唄です。毎年正月に、船主の家で催された船祝い(「起船祝い」とも)の席上での祝い唄でしたが、漁民の間の衆議唄としても唄われるようになり、三国湊の繁栄ととも唄い継がれました。能登地方に伝わる「まだら節」に共通しています。
都道府県
市町村
類型
種別
指定
坂井市指定無形民俗文化財
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北前船の船頭の船唄として発祥したとも言われる三国の座敷歌です。その起源については、宝暦年間に地ならし唄として歌われたという説と、三国湊の船頭の船唄として発祥したという説があります。七七七五調を基本とし、かつての北前船の寄港地や三国の地名、三国湊に関係深い語句が散りばめられています。
都道府県
市町村
類型
種別
指定
坂井市指定無形民俗文化財
日本海側のほぼ中央に位置する若狭小浜は天然の良港で、御食国と呼ばれ、古来より皇室・朝廷に海水産物を中心とした御食料を納めていました。その道はいつしか「鯖街道」と呼ばれるようになり、海と都をつなぐ最大の物流量を誇っていました。古くから日本を代表する船持商人がいた小浜ですが、北前船の時代もその歴史を引き継ぎます。古河屋嘉太夫は丹波茶を新潟、秋田方面に売り、帰りに積んだ米や海産物を瀬戸内、大阪で販売して豪商にのし上がりました。男山区の八幡神社には嘉太夫が寄進した銅製の灯籠が今もあります。
概要
日本海側のほぼ中央に位置する若狭小浜は天然の良港で、御食国と呼ばれ、古来より皇室・朝廷に海水産物を中心とした御食料を納めていました。その道はいつしか「鯖街道」と呼ばれるようになり、海と都をつなぐ最大の物流量を誇っていました。古くから日本を代表する船持商人がいた小浜ですが、北前船の時代もその歴史を引き継ぎます。古河屋嘉太夫は丹波茶を新潟、秋田方面に売り、帰りに積んだ米や海産物を瀬戸内、大阪で販売して豪商にのし上がりました。男山区の八幡神社には嘉太夫が寄進した銅製の灯籠が今もあります。
都道府県
市町村
類型
類型
年代
関連
文化財
関連
サイト
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北前船で財を成した廻船問屋の古河屋の別邸です。文化12(1815)年建築。古河屋は、廻船問屋だけでなく、酒や醤油の醸造、金融業を兼業し、藩の御用達をつとめた豪商です。小浜藩主・酒井家も愛した庭は、藩主を迎えるにふさわしい格式ある庭園です。庭を広く見せるために柱が免除されているなど、建物にも高度な建築技術が使われています。
都道府県
市町村
類型
種別
サイズ
構造等
数寄屋風書院造
所在地
小浜市北塩屋17−4−1
年代
文化12年築造
指定
福井県指定文化財(1998年)
参考資料
『わかさ小浜の文化財ー図録ー』(小浜市、1995年)、『海商古河屋 北前船の航跡』(若狭学術振興会、1971年)
関連情報
公開
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北前船の船主や商人が利用した茶屋町にある明治時代初期に建てられた元料亭です。明治から昭和にかけて三丁町の中核的な料亭でした。現在は、小浜市が整備し、「町並みと食の館」として活用されています。
都道府県
市町村
類型
種別
サイズ
構造等
木造2階建
所在地
小浜市小浜飛鳥108
指定
小浜市小浜西組伝統的建造物群保存地区、伝統的建造物(2008年)
関連情報
公開
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北前船の船主や商人が利用した茶屋町にある明治から昭和期の料亭です。三丁町では最大級の料亭で、多くの政財界の人物が訪れました。中は、細部にまで目を惹くデザインが施されています。蓬嶋楼といえば松と言われるほどの松が植えられている庭には、海上安全の守り神である金毘羅が祀られており、上客であった北前船の船員たちの安全を願っていたとされます。
都道府県
市町村
類型
種別
サイズ
構造等
木造2階建
所在地
小浜市小浜飛鳥64
指定
小浜市小浜西組伝統的建造物群保存地区、伝統的建造物(2008年)
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土日祝公開
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北前船の船主や商人が利用した明治時代の芝居小屋で、福井県では現存する最古です。港町として栄えた小浜は、多くの芸能娯楽文化を生みました。江戸時代の初めには、遠敷舞々村の幸福座が藩から認められており、また、小浜の三つ松座という芝居一座は、小浜町の西はずれの芝居小屋で興行するとともに、他国から来る芸人の興行権も持っていました。その他、能は各社寺で若狭能倉座が興行しており、江戸時代の終わりには魚屋町(塩竃区)の偕楽庵能舞台においても、度々能や狂言が行われていました。明治時代以後、昭和にかけて三つ松座を受け継ぐ八菱座(小浜公園)や、偕楽庵を受けつぐ快楽座などともに、西津の帝国座や西津劇場、小浜駅前の小浜劇場や帝国劇場などが、映画上映も可能な多目的劇場として相次いで設立されました。しかし、全国に3000を超える数があったといわれる芝居小屋も、現在30数か所しか残っていません。小浜住吉の旭座もその一つで、小浜のみならず県内に残る唯一の近代芝居小屋です。特徴的なのは建築の年代が明らかとなっていることで、残存する明治44年(1911)正月の興行ちらし口上に「劇場中絶以来苦労の末、昨年に新築落成し、ようやく元旦より初興行」ということが記されており、その歴史を知ることができます。建物の構造については、キングポストトラスの小屋組で屋根を支えていることが特徴で、このことからも明治時代後期に建設されたことが分かます。また、軸組みや痕跡が良好に残っており、規模は小さいですが、復原が可能な建物として貴重です。
都道府県
市町村
類型
種別
サイズ
構造等
木造中2階建
所在地
小浜市小浜白鬚1111-1
年代
明治43年建築
指定
小浜市指定文化財(2014年)
参考資料
『小浜市指定文化財「旭座」工事報告書』(小浜市教育委員会)
関連情報
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